VIO脱毛の謎、男性性を否定する男性の出現

評論

脱毛ブームは、民間の参入

前回は脱毛のブームが起こっているんですが、一方で脇毛を見せる女性たちが出現しているという話をしました。

それは一体、何ゆえに起こっているのかを考えるのが今回です。

日本では脱毛ブームなわけなんですけれど、その理由はおそらく単純に技術的進歩なんです。

医療用レーザー脱毛ではなくて、フラッシュ脱毛という民間の医療機関ではない人達が扱える脱毛機器が発明されたことで、一気に脱毛業界にいろいろな人が参入して市場が活性化していると。

言わば煽ってビジネスする節操の無い人達が一気に流れ込んできたという、ただそれだけで今活性化しているものと思われます。

だから、脱毛の広告って節操がないでしょう。

ちなみに医療系の医療美容系のほうも節操ないと言えば節操ないので、ちょっと一概には言えないのですが。

人の弱みに付け込んだり、コンプレックスに付け込むという意味では、美容医療のほうもなかなか厳しいものがあるような気もします。

しかし、民間が自由にやることに比べれば、皆お医者さんの抑制的なところがあると思うのですが、今はそういう抑制が一切ないので、一気に盛り上がっていると僕は思っています。

もちろんこの受け皿となるのが、毛が生えていないことを理想とする女性像が、前回ルネサンスの頃の絵画を紹介しながら解説しましたが、まさに無毛が理想の女性だ、みたいな価値観がまだ残っています。

ですからそれを実現できるテクノロジーが出てきて、皆で市場を応援しているから、こんなことになっているんだろうということが前段です。

男性性の否定で無毛を目指す

問題はというか、男性性の否定という意味で皆無毛を目指すわけです。

この感性は何ゆえに沸き起こってくるのか。なぜ女性は無毛を目指すのか。

ということなんですけれど、男性は毛が濃いのに対して女性は毛が薄いという単純な差異があって、これを強調していけば男性性が強調され、逆に言えば毛を強調していけば男性性が強調され、毛が無い方向に行けば行くほど、女性性が強調されるわけじゃないですか。

要は差異を強調すれば良いということを考えると。そうすると男性は髭モジャモジャになっていくはずだし、女性は最終的には髪の毛まで、毛という毛は全て隠すという方向にきっと行くはずなんですよ。

というように、男性を究極に強調し、女性を究極に強調すると結構イスラム圏の感じになるんだと思うんですよね。

男性は髭を生やしていて、皆モジャモジャしているでしょう。頭はターバンを巻いていたりしていますけど、髪の毛見えていますよね。女性は髪の毛1本たりとも外に出さないという、ああいう感じになるんだと思います。

だから、我々の社会、それが理想的な男性と女性の究極の毛を使った差別化路線の美の世界です。

一方で、それがそこまでやらなくても良いんじゃないのということで、髪の毛はお互いOKにしようとか髭は男性も剃ろうよとか、脇毛はどうしようかとかと言って、ちょっとずつ変わっていっているということがグラデーションの世界ですよね。

女性の毛の炎上は、イスラム的な世界観

ジュリア・ロバーツが脇毛を見せて炎上したじゃないですか。

これはつまり、それまで陰部であって、脇というものは見えるものではなかったわけですよ。

皆長袖のドレスを着ていたり、マックスTシャツだったわけで、ノースリーブというものが出てきて初めて脇の毛が見えるようになって、この毛は見せて良いのかいけないのかという話に当然なるわけですよ。だから、ダメだろうということで、毛はやっぱりダメだろう。

つまり、イスラム的な世界観というか、男性が生えているもの毛、それを見せる女性はやっぱり良くないだろうという話になって、ジュリア・ロバーツの脇毛は炎上したわけだと思うんですよ。

adidasのすね毛も見せるもの、強調するものではないものを思いっきり強調して見せたということでこれも問題になったわけですよ。

つまり、女性性の否定を底そこに捻じ込んでくるので、理想の女性が美しいと思っている人達にとっては、ノイズが酷いので、もしくは不潔に見えるので、非常に炎上したし嫌だったということだと思います。

VIO脱毛が表す意味とは、陰部の解放?

あともう1個あるのは、陰毛が無くなった説ということを考えていて、脇毛はかつて全員生えていたんですよ、ノースリーブが無ければ。

それはそうですよね、普段見せるのは特定のパートナーだけだから。

でもその考え方の延長でいくと、陰部脱毛が今流行っていますが、このVIO脱毛もまた、無毛であることを理想の女性像として、わざわざ考慮しなければならなくなった事情は、きっとあるはずです。

それは、女性が性的に解放されて性を謳歌するようになった説が僕の中にあるわけですよ。

ノースリーブは皆が見えるようになったから、これはもはや陰部ではないので見せて良い状態にするために脱毛した。

陰毛もまた、特定の誰かしか見ないものではなくて、いろいろな性的な交流があって見られたり見たりするので、そこはお手入れもするし、当然ですが究極的には脇毛みたいにパブリックなものとして見せられるようにしていたほうが良いんじゃないか説が僕の中であって。

実際、陰部脱毛をされる方は、性的快感が強くなることを1個指標にしていたりすることも理由としてあって、つまり性的に解放されていく人は陰部脱毛に興味を持つということも1個あるような気がします。

ということで、理想の女性像を目指していくということと、理想の女性像としての無毛、そして陰部の解放というこの二重の点で陰部脱毛と全身脱毛とみたいなものが流行ってきていて、それを支えているのが轍鮒だという話。

もう一方で男性の脱毛の話があるわけです。

男性もまた、脇毛を脱毛したり陰部を脱毛したりという大きな流れがあるんですけれど、これは男性の話は男性の話で、もう1ステップあるので、なぜ男性脱毛が流行るのかということは次回に回しましょう。

まさかの3本立てになっちゃいましたけれど、男性脱毛については次回お話しをさせていただきたいと思います。

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