「君の原稿には魂がないよ」
肌寒さを感じ始めていたあの秋、決して忘れることのできない、衝撃的な一言でした。
スピーチの「魂」?
当時、会社で秘書をしていた私は、社長から、ある会合でのスピーチの原稿を作るように命じられました。
その会合というのは取引先A社の創業50年記念のパーティで、お祝いの挨拶をするというものでした。
私は、スピーチの教科書を読んで、夜も寝ずに原稿を考えたので、何度読み上げても完璧な仕上がりお原稿になったと思っていました。
そして、社長は、私が用意した原稿を流暢な言葉に乗せて見事なスピーチをこなしてくれました。
聴衆は、目に涙を浮かべ、完璧な盛り上がりをみせました。
やった!これは後で、絶対に褒められるぞ!焼き肉をご馳走してもらえるぞ!
と思った私に、社長が言い放った一言は衝撃的なものでした。
「君の原稿には魂がないよ」
私は愕然としました。私のスピーチライティングの何がいけなかったのか。
いや、いけないところはなかったはず。
スピーチの教科書を読み込み、完璧に原稿に落とし込んだのだから、隙なんてあるはずがない。
魂。。。何を言っているんだ。
そんなもの存在するわけ無いだろう。人間なんて死んだら、消えてなくなるだけだ。。。
そんな私がスピーチライティングの極意を考え、調べていくうちに出会ったのが「コンセプト」という言葉でした。
「コンセプト」との出会い
スピーチにおけるコンセプトとは、ざっくり言えば、「伝えたいメッセージ」そのもののことです。
私が作った先ほどのスピーチは、何がダメだったのでしょうか?
私が作ったスピーチのコンセプトは一言で言えば「感謝」です。
べつに良さそうなものですが、「感謝」を伝えるのだったら会ったときに直接「ありがとう」といえばすむ話です。
でも「ありがとう」では伝わらない「何か」を伝えるために、スピーチをしようとしていたはずです。
その「何か」って何だろうか。私たちは、いったい何をみなさまに伝えるべきだったのか?
私は、ハッとしました。何もない。。。
「ありがとう」のコトバ以上のものを考えてなかったのです。
これか、魂がないということの意味は!!
じゃあ、考えよう!
というわけで、私がまず考えたのは、A社と当社との関係性。
A社は、10年来の当社の主要な取引先であり、お互いの社長はプライベートでも親交がありました。2人は他の社長仲間とよくゴルフに出かけています。
A社は時流に乗った新商品の勢いのある会社であり、当社もA社との取引があるということで売上を伸ばしていて、協力して新規事業も立ち上げようという話もあります。
そこで、私は元々のコンセプトである「感謝」に「ともに成長してきた仲間、そして、ともに未来を作る仲間に『感謝』する」という意味合いを加えてスピーチを作ることとしました。
「コンセプト」の役割
ここで一度立ち止まって「コンセプト」の役割を考えてみたいと思います。
コンセプトの役割とは、「曖昧で言語化することが難しいが、絶対に存在していて、伝える意味があるなにかを伝えること」です。
例えば、「友情」とか、「愛情」とか、「まだ見ぬ遠い未来のビジョン」とか、辞書のように簡単には説明できないなにかを情報を減らさず伝えるために、コンセプトワークが必要になる。
この「情報を減らさず」というのは、どういうことでしょうか。
「愛情」というものを伝えようとしたときに、単に「愛情」と書いても、なんだか薄っぺらくてよくわからないものになってしまいます。
一方で、例えば、母犬が子犬をかばって大きな熊に立ち向かう様子などには、その体温や鼓動、痛み、勇気など情報量が減らされていない「愛情」をみることが出来ます。
スピーチは人の心を揺さぶることに目的があるはずで、そうすると、スピーチで伝えるべきコンセプトは、「愛情」という表面的なコトバではなく、コトバを超えた多面的な情報である必要があるでしょう。
スピーチでコンセプトを明確にしておくと良い理由は、この情報量を増やすことができるからです。そして、聞き手の感情を揺さぶり、感動に導くことにつながります。
一方で、コンセプトが曖昧な「愛情」という表面的なコトバであれば、それはぼんやりとした単調な魂の感じられないスピーチになるでしょう。
ここにスピーチにおけるコンセプトの役割があるのです。
再び「魂」の話
それでは、再び、取引先のパーティに話を戻しましょう。
私は「ともに成長してきた仲間、そして、ともに未来を作る仲間に『感謝』する」をコンセプトにスピーチを作ることとしました。
このコンセプトこそが、私がスピーチに込めた「魂」でした。
A社のイメージカラーである赤いネクタイを社長に付けもらい、協力関係を演出し、A社の社長のバイタリティに負けないような力強い話し方をお願いしました。
そして、シナリオは表面的なコトバに頼らず、両社の未来を語るような原稿を用意しました。
元々饒舌な社長ではありますが、言葉に力が見事に乗った素晴らしいスピーチでした。
スピーチ後、社長は私に向かってニヤッと笑いました。
「君の原稿には魂があるね」
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